s/he’s all that.

 その日はとっても暑くて、夏が大好きなわたしでさえちょっとうんざりするくらい暑くて、その上先月から始まった生理がまた昨日から始まったせいでプールにも入れなくて、とにかく、あまり楽しい気分じゃない夏の午後だった。

 プールで泳いでる友達を見るのにも飽きて、と言うよりも、プールで楽しそうにはしゃいでるみんなから、わたしだけ取り残されたような気がして、みんなの笑ってる顔を見てたらちょっと泣きそうになってしまって、でも、さすがにそんなことで泣いたりするのは恥ずかしいから、気分を変えるためにプールの外を眺めることにした。

 プールの裏は学校の鉄柵をはさんで道路に面しているので、わたしのいるところからは鉄柵越しにそこを通る人たちが見えた。行き交う人や車を眺めているうちに、さっきから何度も行ったり来たりしている人がいるのに気が付いた。高校生ぐらいの男の人だった。その人は、暑いのに詰め襟を着ていて、それなのに汗ひとつかいていないみたいだった。

 5、6回往復したあとに、その人はとうとう立ち止まった。そして、ひどく打ちのめされたような顔をしてずっと何かを見つめていた。行ったり来たりしている間も、ずっと同じものを見つめていたのに、わたしは気付いていた。

 その人が見つめていたのは、友達の涼子だった。クラスでいちばんかわいくて、でもそのことをちっとも鼻にかけたりしてなくて、くだらないこともいっぱい言ったりする涼子のことがわたしは大好きで、涼子が人気者であることが誇らしかった。みんなが涼子のことを好きなのも当然だと思っていた。涼子のことをキライになる子なんているわけがない。そんな涼子が、わたしといちばん仲良くしてくれることがとてもうれしかった。

 だから、わたしが涼子に嫉妬したのは、そのときが初めてだった。わたしたちの周りにいる子達はみんな涼子のことが好きで、だからもちろん、ラブレターなんかしょっちゅう男の子からも女の子からも貰ってたし、夏祭りとか体育祭とか林間学校とか、そういうときは絶対誰かに呼び出されたりしてたし、わたしは一度もそういうことに嫉妬したりしたことはなかった。だって、あの人みたいに涼子のことを見つめる人なんていなかったから。あの人は、涼子を見つめている間、苦しいようにも幸せなようにも、その両方にも見える不思議な顔をしていた。そんな顔で涼子を見つめる人なんて、いなかった。あの人に見つめられてる涼子は、いつも以上にキラキラして見えた。ふたりを交互に見ていると胸が苦しくなった。さっきよりもずっと、自分がひとりぼっちのように思えた。

 今にも泣きそうな気持ちで、でもふたりから目を離すことができないでいると、先生が吹いたホイッスルの音で、緩んだ夏の空気がピッと張り詰めた。その音でハッと我にかえると、柵の外のあの人も急に意識が戻ったみたいな顔になって、その拍子にわたしとあの人の目が合った。

 なぜだかお互いに目を逸らせなくて、距離があるのに目が合っていることがふたりともはっきりとわかっていた。わたしがドギマギしていると、最初は悪戯を見つかった子供みたいに固い顔をしていたあの人が、ふっとバツの悪そうな笑みを浮かべた。その瞬間、どうしてだか、さっきまでの嫉妬や泣きそうな気持ちが、すぅっと消えてなくなってしまった。魔法にかかったみたいに心の中がすっきりしてうれしくなったわたしは、思わずにっこり笑った。するとあの人は、ちょっと目を丸くして、だけどすぐに、にっこりと笑い返してくれた。

 その笑顔だけは今も覚えていて、そのあと、あの人がどうしたのだったか、プールの授業がどうだったかは、全然、覚えていない。