『沓掛時次郎 遊侠一匹』

この項目では、思い出すたびににんまりしたり、涙が滲んでしまったりする映画について書いていきたいと思います。
がんばって続けたい。(希望)

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なにしろ初めっから名場面の連続だが、
なんと言っても印象深いのはホリゾントの空に、紙っ切れの雪に、錦之助の独白だ。
ホリゾントの空の、色調に心を射抜かれることってそうそうないんじゃないだろうか。
少なくともわたしはこの映画の他にそんな経験をしたことはない。
子供を肩車した錦之助、その傍らに寄り添う池内淳子、その三人の後姿を包む、ホリゾントの、暮れなずむ空。
あの空の色は、行きずりに袖振り合った渡世人と母子の、心の温みや寂しさを、確かに表していたと思う。
もっとすごいのは、学芸会で降ってきそうな紙っ切れの雪で一年という年月の経過を表現してしまう大胆さ、
そして、その紙っ切れの雪が舞い散る様の美しさだ。
黒い背景に、紙の雪が、はらはらと舞い散る、その陰影。
それを思い出すたびに切なくなるのは、そのあとに続く錦之助の独白のせいでもある。
これがまた不思議なことに、そこで錦之助が語るのは、たった今まで観てきた物語の筋そのままで、
頭で考えると構成上まったく不要だし、退屈するばかりに思えるのに、
錦之助の口をついて出る言葉ときたら、もうどうしようもないほど胸に響くのだ。
ぽろぽろぽろぽろ、涙がこぼれて止まらなかった。
この映画を思い出すと、作りものが本物よりも切実に真実を紡ぐという、あらゆる芸術の持つ神秘に、あらためて目を見張らされる。
映画好きな人には、股旅もの・任侠ものだからと敬遠せずにぜひ観て欲しいと思っています。